2022

6/17

展示情報を下記媒体にてご紹介いただきました。

IMA ONLINE
Photo & Culture, Tokyo
Tokion
CAPA
美術手帖
Numero Tokyo


6/8

いよいよ、今週の金曜日 6月10日 から名古屋・大須のBD Galleryにて個展「Midtone」がはじまります。僕は明日の早朝設営のため名古屋へ向かいます。お近くの方、遠方の方も是非遊びにきてください。会期は 7月5日 までです。7/10、7/11 は在廊しています。

蓮井元彦 写真展「Midtone」
会場: BD Gallery
   〒460-0011 愛知県名古屋市中区大須3-23-24 (blue dress L’ESPIRIT NOUVEAU 2F)
TEL: 052-262-5140
会期: 2022年6月10日(金)- 7月5日(火)
開場時間: 1300 – 20:00

展覧会情報はこちらのInstagramより


6/6

写真がデジタルになって一番変わったところは、ダークルームがライトルームに置き換わったことは言うまでもないが、薬品による化学変化で焼き付けを行なっていたことが、インクに置き換わったことだろう。昔は確かに違和感があった。こんなインクなんてものに任せられるか!というように懐疑的であった。しかし、プリンターを使うようになって10数年、最近はインクの匂いやたまにこぼれたインクでジーンズが汚れたりすることにすら愛着がわいてきた。科学者の実験からはじまった写真術が画家に受け入れられ写真家へ変貌を遂げるという系譜も、一周回ってより自然に絵画に回帰しているとも言える。僕はもともと絵を描くことから写真へ興味を持った方なので筆こそ使っていないが自分にとっては、写真を撮ることは絵を描くこととなってきたなとここ数ヶ月の間で感じている。


5/31

僕は趣味が少ない。音楽を聴いたり、映画を観たり、服を買いに行ったり、人並みにはあるが「趣味はなんですか?」と聞かれたら「映画鑑賞です」と宣言するほどではない。そもそも「趣味はなんですか?」なんてどんなタイミングで聞かれるのだろうか。英語の教科書によく出てきた「Hi Mike, what is your hobby?」なんてそうそう聞かれない。僕は既婚者だが、もし仮に独身でお見合いでもしてドラマに出てくるような小綺麗な料亭で初対面だったならそんな質問しか出てこなくなるかもしれない。でもそんなとてつもなく非現実的な状況を除いて相手の趣味を知りたい時に「趣味はなんですか?」というフレーズはきっと使わないだろう。相手の好きなことが知りたければどうでもいい会話をしていればなんとなく分かるのだから。単刀直入に聞くとなんだか上から目線になってしまって、「余計なお世話です」とでも返されそうである。きっとぎくしゃくするに決まっている。前置きが長くなったがなぜ趣味のことを書こうと思ったのかと言うと、趣味と言えるようなものを見つけたからである。僕がバイクの免許を取ったのは割と遅くて32歳の時だ。それまでずっと乗りたかったのだが、仕事が忙しく手一杯で気がついたら32歳だった。今となってはそんな遅くはなく聞こえるが、バイクの免許は16くらいで取っている時代だったので自分の中では遅い方だと思っている。それからバイクにはたまに乗っているのだが、昨夜11時過ぎにふとバイクに乗りたい衝動に狩られてしまって、特にあてもなく都内を1時間ほど走った。いつも目的地を定めてバイクに乗っていたので、いつもとは違う感覚で気持ちがよかった。目黒通りから六本木、表参道、新宿を通って246と、夜風もちょうどいい天気だった。夜の東京はこうやって眺めてみると大変魅力的だ。帰ってからふと思った、僕の趣味はバイクではないかと。特に聞かれないから「趣味はバイクです」と答えることもないのだろうが。


5/30

先日、Numéro TOKYOから連載ページ「a wandering lens 旅に思いを馳せるとき」への写真とショートエッセイの寄稿依頼をいただいた。タイミング的に名古屋旅行から戻ってここに日記を綴った後だったので、ここで書いたことと少し重なってはしまうが名古屋での一場面を書かせていただいた。5月28日発売の号に掲載されているので機会があれば是非手にとっていただきたい。

Amazon.co.jp / Numéro TOKYO 2022年7月8月合併号


5/18

6月10日から名古屋のBD Galleryで始まる個展のための額装をいつものニュートンさんにお願いした。今回は17〜18点ほど。プリントはピグメントプリントで用紙は厚手のハーネミューレ PhotoRag Barytaを選んだ。額装はしばらく使っていなかった白い額縁にオーバーマットの仕様で発注。この段階に入るともう後戻りはできないのでこの選択が正しかったのか(正しい正しくないでないことは承知の上ではあるが)完成までいつもハラハラ、ドキドキとしながら待つことになる。そして少しばかり手持ち無沙汰な空っぽな状態になってステートメントと向き合う。


5/6

ここ数日、「感謝」ということについて考えている。周りにいてくれている人々に対して自分はちゃんと感謝できているのだろうか。当たり前になり過ぎてしまってごく当たり前のことや大切なことに気がつけなくなっていないだろうか。円のうちがわにいる時は気がつかず、外側に立って初めて気がついてしまったりしていないだろうか。外側にいって気がついた時には既に手遅れで、内側との間の線に阻まれて内側には戻れない。そうななってしまわぬように感謝の気持ちを忘れないで生きたい。


4/29

仕事のメールを済ませ、神奈川の車部品のお店に出かけた。
僕が乗っている車はジムニー(JB23)で、雨や雪が降ると特に乗りたくなるオフロードの車だ。ジムニーの部品を扱う専門店が神奈川にある。第三京浜へ入ろうと車を走らせていると電話が鳴ったので側道に車を止めた。ウェブマガジンへ掲載待ちの作品についての電話だった。作品は先日撮影したものなのだがヌードの作品で、キャプションやテーマについて、作品への想いを話した。雨の車内はものごとを考えるのにはとても良い空間で、屋根から聞こえる雨音が心地の良い雑音となって、話に熱が入った。第三京浜に入って左車線を巡行していると雨は次第に強くなり、雨粒は激しくフロントウィンドウに叩きつけられた。先ほどの会話を頭の中で思い返しながら道路の先を走っている車の赤いテールランプやオレンジの街灯を眺めていると、キャプションとなる文章が無性に書きたくなった。近くに車を止められる場所がないか探すがパーキングエリアはしばらく無さそうだった。言葉が消えて無くならないように頭の中で言葉を繰り返した。ようやくサービスエリアが見えたので、車を駐車スペースに止めてシートを後ろに動かしハンドルに立てかける形でノートパソコンを開いた。十分ほどで文章を一気に書き上げるともうそのパーキングエリアに用事はなかった。そのまま車を出すのも少しもったいないのでコーヒーを買って煙草を一本吸った。さっきまでの衝動は全てノートパソコンが吸い取ってしまって、雨が上がったように頭の中が急にすっきりとした。しかし外は相変わらず土砂降りの雨だった。残りの道を走らせ、車部品のお店に着いたが閉まっていた。携帯のマップの情報だと確かにやっているはずなのだが、おそらく雨のため早く閉めてしまったのだろう。そのままお店を横目に通り過ぎるとついさっき通ったばかりの道に戻り帰路についた。残念ではあるが、ジムニーの狭いが安心する車内と雨の高速道路のおかげで文章もはかどったので良しとしよう。


4/20

撮影の仕事と「Kyotographie」を観に京都へ。
京都へ行く前に名古屋へ寄った。6月に名古屋のギャラリーで展示があるため下見をしたかった。名古屋はJRの駅に寄った事があるくらいで町へ出るのはほぼ初めてだった。大須という栄の隣の町で車を降りるとすぐに「好きな感じ」だなと思った。ギャラリーは洋服屋さんの2階にある。その辺りは異国情緒のある雑多な商店街があって、古着屋なども多い。商店街のイベントスペースらしき場所でラテンアメリカンフェスティバルという催し物をやっていた。社交ダンスとサンバのような踊りをやっていたのでお客さんの隙間から除いていると、「どうぞロープの中へ入って見てください」と言ってもらったので中に入って見物した。すぐ近くにタコス屋があってちょうどお腹が空いていたので入った。やんちゃそうな若い男性客の5人組が騒いでいるのを見ながら僕もタコスを食べた。アーケードは2本あって山手線のようにぐるっと周れる。2本のアーケードの間には細い路地がたくさんあって、雨が降っていたせいか情緒的だった。ギャラリーで開催中の高橋恭二さんの展示を拝見した後にギャラリーの方に挨拶をすると、名古屋を発って京都に向かった。翌日、京都の知り合いに頼まれた撮影があったので、ロケーションの神戸に車を走らせ撮影をした。その日は京都に戻ってホテルに宿泊し翌日の午前中に琵琶湖に行った。京都ではいくつか見たかった展示を見ようとしたのだが、火曜だったせいもあり休廊が多かった。奈良原一高さんの展示を見れたのは良かった。面倒だが、大阪のギャラリーで行きたかった「The third gallery Aya」の後、京都に戻ることにした。大阪までは高速で小1時間ほどだがドライブをしたかったので、下道で奈良方面に向かい日帰り温泉に寄ったあと、近くにあった道の駅で車中泊をすることにした。車中泊は遠出の際たまにするのだが、ホテルに泊まるのとはまた違った楽しみがある。何より好きなのは、ホテルがあるような都会ではなくて田舎道を楽しめること。さっきの日帰り温泉で買っておいた筍ご飯を食べて寝た。朝7時頃に大阪に向かって出発、途中写真を撮りながら大阪で見たかった展示を観た。その後京都に寄って昨日休廊で行けなかった展示2つを観たあと、京都を後にした。


4/14

今朝、イギリスのicp (The International Photography)主催のStephen Shoreと評論家のDavid Companyによるオンライントークを拝見、拝聴した。イギリスでは午後6時から1時間ほどということだったので日本では午前7時からということでとても早い時間であった。Stephen Shoreの話しは今まで記事以外で拝見したことがなくとても楽しみにしていた。参加も予約こそしなくてはいけないが無料ということで、良心的だった。内容はというと、最近MACKから出された「Stephen Shore Modern Instances: The Craft of Photography」という本の内容に沿ったトークだった。本はまだ手にとっていないがとても良さそうな本であった。早朝ということで若干寝ぼけていたがトークが始まるとすぐに目が覚めた。いくつかとても興味深い話があった。Walker Evans、Eugene Atget、Bernd and Hilla Becher、Thomas Struth、Lee Friedlander、さまざまな写真家の名前が上がった。加えて画家のPaul Signac、現代写真のThomas Demand、Paul Grahamの名前もあった。面白いと思ったのは、Walker EvansとFriedlanderを除いては皆ヨーロッパの写真家だということ。アメリカにはストレート写真の定義のようなものがはっきりとあるように感じるのだが、代表格であるStephen Shoreが影響を受けている写真家、画家は国外の作家だということ。トークの冒頭にも本を執筆するきっかけになったのが日本の写真雑誌IMAへの寄稿だと言っていたし映画の話の時は日本映画、イタリア映画、フランス映画をすごくたくさん観たと言っていた。この感じは感覚的に日本の我々にも理解しやすいことではないのかなと思った。我々も海外の情報や外国人の動向を注しして海外の色々な文化を輸入することに慣れている。Stephen Shoreの話を聞いてみて、いろいろ思うことがあったがこれから考えを深めていきたい。それにしてもこうやって貴重な話を聞けるということはオンラインも悪くないなと思った。そもそもこのブログもオンラインなのだが。


4/12

「写真家というのは機械人間のようだ」後編

写真において絵画に見られるような”有機性”を手に入れるには、僕は「撮影」以外の時間が大切だと考えた。「撮影後」の作品の選定においては極めて重要な工程であることは疑いの余地がないがそれは撮影後であるため制作過程という点において必然であるためここでは省く。となると撮影にとりかかる前の過程に工夫の余地があるということになる。ここで特に僕が興味を持っているのは、撮影前のいわゆる下準備という、例えるならば映画の撮影などで行われるようなコンテの製作やロケハンなどを指す下準備ではないということだ。写真撮影において計画はその即物性を失ってしまってしまうことにつながる可能性がある。(しかし例え入念な計画をしたとしても瞬間を映し取ってしまう写真においてはその計画性の”わずかな隙間”を通り抜けてしまうものだが、主旨が異なるのでここでは掘り下げない)撮影がカメラをセットしてシャッターボタンに指をかけた時だとした時、その数秒手前、又は数分手前の時間は撮影にとって大切な時間だということになる。そこでの撮影者のより自由な発想と研ぎ澄まされた感覚のようなものはその後の撮影に作用するということではないか。その時間は撮影の「プリンシパルタイム」でそこで、例えばポートレートであるならばコミュニケーション、風景や静物であるならば、より直接的に撮影者の心境や思考が撮影結果に影響する。また、そのプリンシパルタイムは撮影直前の時間を指すが、それは一つのプリジェクトにおいて数回発生することもあるのではないか。例えば撮影の三ヶ月前、何気ない経験、例えば急いで踏切を渡ろうとした時遮断機が降りてしまって踏切を待たなくてはいけなくなったのだが、そこに生えていた草花に目が止まった、そしてその光景を見た瞬間に思い出した記憶があった。その記憶を辿ったことが撮影テーマにつながった、というような。その瞬間はそれがその後の撮影に影響するとは思っていないがそのテーマを掘り下げて撮影を行い、撮影直前に至ったとき思い出すのはあの”草花”かもしれない。その過程は機械に頼って自動化された写真に抵抗し機械人間にならないために必要な一つの作法のようなものかもしれない。


4/9

「same」ギャラリーで4月12日までおこなわれている Exhibition「WAVES」 に参加させてもらっている。「WAVES」は写真家の吉祥丸くんが主催する反戦の願いを込めた合同展です。是非行ってみてください。僕は妻の写真を展示しています。理由は以下の通りです。

Q1.「WAVES」に参加する理由を教えてください。
A1.何かのためになるかは分からないが、何かのためにならないとも言い切ることができなかったから。ステートメントの「いま、わたしたちに問われているのは考え想像する力なのではないか。」という部分に共感して。

Q2.戦争をはじめとした数々の問題が起きている中、いま、考えること、思うことがあれば教えてください。
A2.僕が自分から遠い世界の人々のことを想う時に心がけていることは、自分に一番近いところにいる人々のことを想像して置き換えてみるということ。僕は桜の下で笑顔の妻と近所の人々の日常の光景を写した写真を通して「ここに写っているものや人が一瞬で全て無くなる」ということを想像し、その恐怖と悲しみからこの1枚の写真を選んだ。それが今まさに現実世界で起きているということは、言うまでもなくとても恐ろしいことだ。


4/6

「写真家というのは機械人間のようだ」前編

僕はたまに画家と写真家はどこが違うのかと考えることがある。画家にとっての道具は筆で、写真家にとってのカメラであることは言うまでもないが、もっとも筆というのはとても原始的でそれ自体タネも仕掛けもない。もちろん専門的に言えば筆にも色々と種類があるが、構造はとてもシンプルだ。それに対してカメラは現代のあらゆる技術が集結していて複雑な電気製品だ。道具だけではなくて実際に絵を描く方法も異なる。絵は基本的に何もないところから描く。そこに描かれているものは全て作者の想像であって空想だ。いくら写実的に描いたとしても作者の脳に取り込まれたイメージが神経、筋肉を通じて指先を動かしそれを繰り返すことで描いていく。ほとんど全ての工程がとても自然で有機的な行為で、想像する時間と物理的な時間がともなっている。僕は特にその点で画家に嫉妬する時がある。一方写真を撮るという行為はその工程のほとんどが機械に依存する。カメラの先の光景を作者の脳が取り込みイメージとして認識するより先にカメラがレンズを通して取り込みカメラ内の記録装置に定着させる。それは極めて自動化されていて無期的な行為に思える。撮影の種類にもよるがスナップなどでは撮影をしている時は自分が視覚を通して取り込んだイメージとカメラがレンズを通して取り込むであろうイメージのカーチェイスのようなことが繰り返し起こっている。細かく分けると、一、タイミングなどの時間的なこと。二、構図的なこと。三、描写的なこと、になるが、特に描写的なことに関しては絞りの操作は描写に特に作用する。レンズの特性と映像の捉え方を想像したうえで操作する。面白いのはその全てが瞬時に行われるべきことだというところだ。撮影になってしまうとほとんど思考できる時間がない。この点も(スケッチを除けば)絵とは異なることだろう。それなので、絵画の有機性と釣り合いを取るために、写真撮影においては「撮影前」と「撮影」と「撮影後」の大きく三つのフェーズに分けて考える。「撮影後」に関しては選定である。「撮影」に関しても先ほど触れた通りだ。

後編へ続く


3/23

ちょっと前に会った人が言ったことが気になっている。
その人は20代で文章を書く人でいくつかの短い作品を書いてはいる作家志望という感じの人だ。ここ数日は旦那さんからもらった課題をやっているという。その課題というのは何気なく撮った写真を振り返って文章にするということだそうだ。彼女は8時間くらいの間1枚の写真を見てそれを文章に書き起こしている。僕はそれを聞いた時に何故すでに写真という形で描いたはずのものをわざわざ文章に書き起こす必要があるのかと。彼女は不意を突かれた様子で言葉に詰まっていた。でも確かに僕もそう言ったまでもそれはそれで面白いのかなとも思ったし、彼女が見せてくれた写真と文章のセットは想像よりも(写真とはまた違った視点で)よく描かれていた。その時の会話を僕は今朝シャワーを浴びながら振り返っていた。
そこで思ったのは写真を描くのではなくて、写真を使わずに描くのはどうだろう。それはつまりただのノンフィクションの文章ではないか。でも写真の代わりにそれを行なっているという点で異なるのではないか。

一席空けた左隣には40代風の女性が座っていて、青い付箋の付いたノートを読んでいる。マスクで顔はほとんど見えない。桜色のセーターを着ている。テーブルの上には食べ終わったモーニングセットが残され、カップの飲み物はほとんど空のようだ。シルバーのリフレクションの入った黒のスニーカーを履いていて、光沢のある革のハンドバックはハイスツールの角に何不自由なくかけられている。髪の毛は肩の下くらいまで、漆黒のちりちりのパーマだ。女性の座るバーカウンターの奥から柔らかな光がこちらへ差し、その漆黒の髪の毛の輪郭を強調している。珈琲豆を挽く音、調理器具の警告音、皿の擦れる音、店員の話ごえ、客の会話が忙しい店内に響き渡る。カウンターの女性は肘を付いて入念にノートを読んでいたが何かを思い出したのか急ぎばやに会計を済ませ去った。

書き始めた頃はまだいた女性だが、書き終わる頃には既にいなかった。女性がいた痕跡は店員が布巾と消毒液で容赦なく拭い去った。やってみて思ったが実際の光景を見ていたのは数分で、半分は記憶に頼ることとなった。 スケッチという方がしっくりくる。スナップとはどう違うか。また考えてみたい。


3/22

「作品を創る」つまり僕にとっては「写真を撮ること」とは、とても地味な作業であると常々思う。それは決して華やかな作業ではない。毎日重いカメラを持って出かける。雨が降っていても、雪が降っていても、コンビニに行く時にもカメラを持って行く。写真が撮れる”瞬間”というのか”時”というのは不思議でいつ”それ”を得ることができるかは全くもって予測不可能だからだ。よく人間関係において”出会い”や”めぐり合わせ”という言葉が使われるが写真にも当てはまる。それくらいいつ”それ"がカメラのSDカードに収まるのかは分からない。1日が終わった時に知らず知らずのうちに”それ”が収まっていると無性に嬉しくなる。その時の喜びを知ってしまうとやめられない。それが100日のうちの100日目で99日出会っていなく、肩透かしを食うような日々だったとしてもだ。またそれを無性に求めてしまう。それは例えるならまるで、ずっと曇っていた空の雲の隙間から一筋の光が見えた時のようだ。


3/1

ギリシャのクリストス・ニク監督の映画「林檎とポラロイド」劇場公開に際してコメントを寄稿させていただきました。

“記憶とはなんと曖昧なものなのだろう。写真などなかったなら、過去の記憶というものは本当に自分が体験したことだと自らに証明することはできるのか。いや、きっと不可能なことだ。だからこそひたすらに今を生きるのだ。” 蓮井元彦

映画会社ビターズ・エンド Instagram


2/27

日本で写真の仕事をしていてもロシアやウクライナ出身のモデルさんと仕事をすることが数えきれないほどありました。いつも通り渋谷を歩いていると、報道の通りロシアのウクライナ侵攻に対する反対デモをやっていましたが、僕は他人事とは思えませんでした。人の命より優先すべきものや事はないのではないでしょうか。早く収束することを願ってやみません。


2/14 – 2

ラジオに呼んでいただきました。

InterFM「Cultural Apartments produced by BE AT TOKYO」
2/14(月)〜18(金) 18:40-18:55 OA
https://www.interfm.co.jp/bat
https://be-at-tokyo.com/


2/14

先週末の土曜日、「ドライブマイカー」を観た。
いつも映画の感想というのは、すぐに出てこない。なんというか直後には言葉になるような感想が出てこない。一言二言、すぐに言葉になるときというのは大抵はあまりしっくりとこなかった映画の場合が多く、しっくりときた(この言葉が正しいのかはわからないが)映画というのは時間がかかることが多い。というのはそもそも映画(そのほかの作品にも言える事だが)というのは良い悪いや好き嫌いの話ではないからだ。つまり良し悪しというのは結局のところ自分の中に作品の断片のようなものが残ったか残らなかったかだと思っている。とても”つまらなかったな”、”時間の無駄だったな”と思っても数年経ってもたまに思い出して「あれはどういう事だったのか」「酷い登場人物だったな」とか考えてしまう映画というのはきっと”良い映画”なのではないかということだ。そもそも良い悪いというのは現在の主観であって生きていればその後にした経験で変わることがある。そのように僕はこれまでに自分の感想に何度も裏切られてきた。つまらなかったと思っても忘れられなかったり、面白かったと思っても数年後にはほとんど内容を思い出せなかったりしたことがある。それなので最近は無理に感想にまとめる必要はないと思っている。どうせまとめたってすぐに変わるだろうとか、何年かしたら自ずとわかることだというように。作品を生み出すものにとって何よりも嬉しいことは「忘れられないこと」で忘れられない映画というのはなんと幸せなのだろうか。ということで「ドライブマイカー」を観た感想については特に書くつもりはない。ただ何となく、頭の中に残像のようにワンシーン(または短いセリフ)が浮かんでは消えたりを繰り返している。


2/4

カメラには二種類ある。一つは「私」が付かない「写真」を撮る道具、もう一つは「私」が付く「写真」を撮る道具。これはあくまで僕の感覚の上での判断だから、「このカメラはどちらですか?」と聞かれたとしても、「このカメラは後者です」とは言えない。人それぞれ感覚や相性が異なるからだ。僕は後者のカメラを選び、好んで使う。そのカメラはプロはあまり使わないものだったりする。僕は写真芸術に限らず、表現にはある種のアマチュアリズム(ディレッタンティズム)のようなものを持ち続ける必要があると思っている。でも僕は写真を本業としているので、決してアマチュア(ナイーブアーティスト)というわけではない。しかし、プロが避けるような突飛なアイデア、道具、手法や好奇心に惹かれるし、それを忘れてしまうととても保守的になってしまって良くない。
初めに戻ると僕にとって「私」が付く「写真」を撮れるカメラはアマチュアに戻るために必要な道具である。

追記: ライカはどちらとも言えるカメラである。時には遊び心があり、また時には生真面目で退屈だ。


2/2

ここ数日、何を撮るべきかよくわからなくなっていた。そういう時の気分は最悪だ。先が見えなくなって空気人形?のようになる。
考えても特に思い浮かばないので適当に過ごすのだが、考えるのをやめる事がなかなかできない。いっそのこと思考停止できれば楽なのだが勝手に頭が動いてしまう。だから事務的な作業をやったりして時間を潰すのだが、事務的なことも終えてしまうとやる事がない。とりあえずここ一ヶ月くらい毎日撮っていた写真1500枚くらいを見返してみた。しばらく見返して何でこんなの撮ったんだだっけ?とやっていると、「あれ、これ結構いいじゃん」と、もう少し掘り下げてみようかとなった。また数日すると180度見え方が変わったりするので、まだわからない日々が続くとは思うが、意外と次のシリーズの原石が見つかったのかもしれない。


1/30

僕は猫を飼っている。一匹は寅吉という名でもう一匹はナナミちゃんだ。
朝起きるとリビングにナナミちゃんが吐いたものがあった。それは噛みちぎったプラスティックの破片で、おそらく食品を包んでいる包装紙か何かであった。僕と妻は心配してナナミちゃんを観察していたが、大丈夫そうかなと思った時、もう一度何かを吐こうとしていたので、僕たちは焦ってすぐに病院に電話した。すると直ぐに診てくれると言ってくれたので病院に連れて行った。病院ではレントゲンを撮ってもらった。先生は「胃のなかに異物は何もありませんでした。」と言ってくれて、とても安心した。脱水症状にならないように注射をしてもらって帰った。ナナミちゃんは現在生後八ヶ月。保護猫だったこの子は川崎市役所から引き取って家に来たときは3週間くらいだった。手の平に乗るくらいの大きさだったナナミちゃんはみるみる大きくなった。さっき見せてもらったレントゲンには立派な背骨や内臓の面影が写っていた。
それにしてもプラスティックの袋なんかをその辺に置かないように日頃からかなり気をつけてはいるが、どこで見つけたものなのか、食べてしまってかわいそうだった。
これからはさらに気をつけなければいけないと反省した。


1/29

Photo & Culture, Tokyo にて僕の写真集「for tomorrow」のレビューを掲載していただいた。書いてくださったのはよく展示に来てくれる写真家のJohn Sypalさんだ。自分の作品(自分自身でもあったり)を他者の客観的な視点から眺める機会になった。

https://photoandculture-tokyo.com


1/26

写真を撮って欲しいという役者志望の女性に会った。
その人は大人しい方であまり口数は多くなかった。午前中に写真を道端で撮り終えるとランチをした。写真を撮っているときは笑顔が多かったのだが、話している時には時折どこか遠くを見ている感じの時がある。たまにそういう人はいるが割とその時間が長い方だなと感じていた。僕は会ってすぐに彼女に「過去のあなたの写った写真などを繰り返し見たが、昔とどことなく雰囲気が違う。ここ最近何かあったのですか」と聞いていた。その時は返答は特に得られていなかったのが、サンドイッチを食べながら話をしていると色々と話をしてくれた。その人は3年ほど前に車にひかれる事故に遭ったらしい。一度は生と死の境目にいたそうで、医者には後遺症がないのは奇跡だと言われたそうだ。僕はその経験は今の彼女の人生に対する考え方や向き合い方(死生観というのか)に大きく影響しているのではないかと思った。笑っていたと思えばどことなく寂しげな表情に変わっていたりする。もちろん20代で自信に満ち溢れた人は稀なので、よくある事といえばそれまでなのだが、それにしても独特な雰囲気を持っている人だった。僕は僕で職業柄たくさんその世代の人と会って話をするので、初め感じた勘もあらがち間違ってはいなかった。しかし、僕が感じたものは決してネガティブなものではなくてむしろ魅力的だった。色々な経験をした方が良いとよく言われるが、つくづく経験してこそ分かることもあるのだなと思った。誰もしたくてする辛い経験はひとつもないのだが、してしまった以上それを糧にして生きていく他ないし、実際彼女は僕や多くの人が経験したことのないことを経験した。それは事実で、すごいことだ。そこから見える世界はここから見るものとはきっと異なるのだろうな、と彼女の微笑みを見ながら考えていた。


1/24

僕は喫茶店によく行く。それはメールの返信をしたり考え事をする時、文章を書かなければいけない時などが主なのだが、喫茶店でなければというわけではないのに何かと理由をつけては喫茶店に行く。喫茶店の良いところは色々あるのだが、最近思ったのは、人々の会話が聞こえてくることが良いというのがある。今の時代打ち合わせなど人と会う時にはオンラインという事が多い。聞き耳を立てて盗聴のごとく他人の話を聞いているわけではないが、狭い空間を他人と共有するという事は必然的に会話が耳に入ってくることがある。それは今まで当たり前のことであったので意識してはいなかったがここ数年、妙にそれが心地よいと感じることがある。この間もいつも行く喫茶店で向かいの席にの会社員風の女性二人組がとても楽しげに会話をしていたのだが、その内容がおもしろくこちらまで笑いそうになってしまった。有給を取るか取らないかという話題から、同僚とのオンラインミーティングで「同僚の背景のおしゃれなキッチンが現実のものなのか壁紙なのか」という議題に移り、「境目がたまにブレるからおそらくトリミングした合成なのだろう」と。たわいもない会話なのだが、画面越しの同僚の人柄がリアルに頭に浮かんできてしまって関係ない僕も楽しくなってしまった。
こんなことはリアルの良さだろうと思った。合理的なオンラインの社会では他人のたわいもない話をうっかり聞いてしまうなんてことはないのだから。 早く普通の世の中に戻って欲しいと感じた。


1/23

久々にポラロイドを持ち出して旧友の小林さんに会いに行った。
彼は昔通っていた高田馬場の専門学校からの友人だ。当時は学校が終わると僕等はほぼ毎日、一番近いドトールに入って当時百八十円のブレンドを注文し、ああだこうだと世間話や授業の話、将来の話をした。小林さんは自分よりも十歳近く年上のため社会人経験もあり僕が将来ああしたいこうしたいと言うと決まって「そんな上手くは行かないよ」と口癖のように言った。昨日の朝、目が覚めると小林さんのこのセリフが頭をよぎっていたために急に連絡を取ってお茶でもしないかと誘ったのだ。場所は松原駅の喫茶店に彼のすすめで決めた。
店に入ると窓際の席に彼は座っていた。数年ぶりに会う小林さんは少しやつれた感じに見えたが独特の話し方は健在だった。たらこスパゲティのランチとブレンドコーヒーを注文して、ここ数年の身の上話などを一通り話した。やはり旧くから知っている人というのはあまり細かく説明をしなくても話が伝わるものだ。ポラロイドで小林さんを一枚撮った。店内はISO100のSX-70には思いのほか暗くロングシャッターだった。「多分ブレたな。でもまあブレもいいか。」店を出て駅のそばでタバコを一本づつ吸って別れた。
そのまま帰っても良かったのだがフロットサムブックスに寄って帰ろうと思い店まで歩くことにした。途中コンビニでビールを二本、土産に買った。通りかかった溝川に映った木々の写真も撮った。フロットサムの店主も小林さんという名だ。ビールを飲みながら世間話をした。 リチャードカーンの写真集を取り置きしてもらい店を後にした。
小林さんの一日だった。


1/22

今日は中目黒に出かけた。
バスに乗って目黒方面へ向かい大鳥神社前で降り、中目黒方面へ歩いた。
途中、POETIC SCAPEに寄ってKUMAGAI SEIJIさんの展示を見た。歩くにはちょうど良い距離。
THE TITLE PAGEという写真集を買った。ギャラリーを出て山手通りに出るとカラフルな落書きのされた一対のカーブミラーに目が止まりライカで写真を撮った。中目黒駅前のコーヒー店に入った。鞄に入れていた村上春樹さんの”女のいない男たち”の”ドライブマイカー”を読んだ。近々映画が公開するとのことで気になっていたので再度読み返してみたかったからだ。この短編集の中でも特に印象に残っていた作品なので映画の公開が楽しみだ。
帰りの電車から見えた夕日が赤とマゼンタと黄が混ざったような色だった。


2021

12/16

靴を無くす夢を見た。
そこは知らない街。電車から降りると靴も靴下も履いていなかった。
乗り間違えた電車で車内の知り合いに目的地までの別ルートを教えてもらった。
乗り換えのために降りた街で僕は靴を買おうとした。しかし靴を売っている店はどこにもない。
横断歩道で信号待ちをしている時に街の人に笑われた。スマホのカメラをこっちに向けて笑っている。僕は愛想笑いをして逃げるように交差点を渡った。工場や炭鉱が遠くに見える街。
足に砂利が食い込んでちくちくした。思わず近くの衣料品店に駆け込む。
靴下が売っていた。34ドルか。もう少し安いものはないか店内を見回した。レジの向かいの棚に3ドルの安いものがかかっていた。少し変わったデザインのものだった。
僕は一番地味なものの生地を触って確認していたところで目が覚めた。